はじめに
こちらでは、発達障害のひとつである「自閉症スペクトラム障害(ASD)」に関するご相談に対して、前編・後編に分けて書かせていただいております。
「赤ちゃんが自閉症スペクトラム障害だったらどうしようと心配です」というご相談をお受けして、『自閉症(発達障害)が心配です。〜前編〜NIPTで自閉症の可能性はわかる?』では以下の3点を中心にお話いたしました。
・胎児の自閉症スペクトラム障害は「NIPT(新型出生前検査)」で検査できるのか
・自閉症スペクトラム障害はどのような経緯で判明するのか
・生まれてきた子どもがもし自閉症スペクトラム障害だったらどうしたらいいのか
ここからは続編として、さらに踏み込んだ内容をお届けできればと思います。
改めまして、まずはキーワードをシンプルに解説いたします。
[自閉症スペクトラム障害(ASD、自閉スペクトラム症)]
「自閉症スペクトラム障害」とは、
・コミュニケーション(対人関係)における困難
・興味や行動への強いこだわり
を特性にもつ、「発達障害」のひとつ。
[発達障害]
「発達障害」とは、生まれつきの脳機能(認知)障害。精神疾患とは異なる。
適切なサポートによって発達が促進され、症状が改善していく。
発達障害は大きく以下の3つに分類される。
① ADHD(注意欠如・多動性障害)
② ASD(自閉症スペクトラム障害)
③ LD(学習障害)
ご相談をお受けして
1. 検査から支援への流れ 〜療育とは〜
自閉症スペクトラム障害の対応を考えていくうえで、「検査」と「支援」はセットです。
流れとして、まずは
① 心理士や専門の医師による問診・面接・行動観察・検査等による正確な発達検査
をおこないます。
発達検査は、「自閉症スペクトラム障害」を含む発達障害かどうかをお調べするものではありません。
すべては、この子どもはどういったことを得意とし、どのようなことに困っているのかという、支援を検討するうえで必要な情報を知るためです。
検査手法には色々とありますが、代表的なものは「WISC(ウィスク)検査」と呼ばれるものです。
WISC検査では、「言語理解」や「知覚推理」「処理速度」「ワーキングメモリー」を指標化し、また「IQ(知能指数)」を数値化します。
それらの検査を経て、特性によって生活に支障をきたしていると判断されれば、行政上の支援対象になります。
反対に、特性があっても生活に支障をきたしていないと判断されれば、支援の対象にはなりません。
なお自閉症スペクトラム障害と診断(病院で検査をした場合のみ診断が可能です)されたとしても、進学や就職の際に相手先に知らされたり、お子様にとって何か不利になったりすることはありませんのでご安心ください。
また、どなたでも希望すれば受検できるわけではなく、必要と判断された場合にのみおこなわれます。
待ち時間ですが、検査の申込みから検査日まで、そして、検査から結果まではともに1ヶ月程が一般的です。
続いて、
② 発達検査の結果を元に支援計画が立てられ、実際の支援として「療育」
が開始されます。
[療育]
「療育」とは、ひとりひとりの発達の状態や特性に応じて、今の困りごとの解決や、将来的な自立・社会参加を目指し行う支援のこと。「発達支援」ともいわれる。
療育は、地域の療育センターや療育病院に併設された施設、また民間のスクール等でも提供されています。
このように、ひとりひとりの子どもに適した支援(②)をしていくために、細やかな検査(①)が必要となります。
2. 療育(発達支援)ではどんなことをする?
では、療育では具体的にどのようなことをするのかみていきましょう。
必要な支援はひとりひとり異なり一概には言えませんが、具体例として一部をご紹介します。
例えば、
「個別療育」では
・穴の開いたパーツを紐に通していく手先のトレーニング
・言語による指示(耳から得る、形・色・上下左右などの情報)だけを頼りに組み立てていく積み木遊び
・生活上のどのシーンにどのセリフが最適かの組合せを考え選ぶかるた遊び
等、作業療法や言語療法、その他様々なプログラムをおこないます。
個別療育は子どもに沿った細やかな指導ができるため、発達の基礎を築くうえで有効です。
「集団療育」では
・同年齢の小集団と机や椅子を並べておこなう模擬小学校体験(就学前)
・皆で協力しながらの大型段ボール工作
・自分の体をコマに見立て動きながらおこなうすごろくゲーム
等を通して、コミュニケーションやソーシャルスキル(社会性)を学んでいきます。
個別療育、集団療育のどちらが適しているかは、子どもの発達状況や課題によって随時判断されます。
また療育は、作業療法士や言語聴覚士、臨床心理士等、子どもの課題によって各分野のエキスパートが担当してくれます。
親でさえ気がついていない子どもの強み・弱みにプロ目線で気づき、ひとりひとりに適した課題が用意されます。
そのバリエーションは実に豊富で、子どもが遊びを通して楽しみながら成長していけるような工夫があちこちに散りばめられています。
実際に療育に通う子どもたちを見ていると、どのお子様も楽しそうです。
楽しいからこそ伸びていくのかもしれません。
3. 発達検査や支援が必要なわけ 〜保護者への支援・二次障害の防止〜
発達検査(診断)や支援(療育)が必要な理由として、主に2点が挙げられます。
① 保護者の負担を軽減すると共に、保護者が子どもをより深く理解するため。
② 子ども自身が困りごとへの対応力を身につけていくことによって、ストレスから起こる心身の不調を未然に防ぐため。
「自閉症スペクトラム障害」において近年深刻な問題となっているのが、特性そのものよりも二次的に発生する心身の不調であり、そこに支援の必要性があります。詳しくご案内します。
①保護者への支援
子どもの発達促進は、身近な存在である保護者の理解・助けがあってこそのものです。
まず大切なのが、親御様が子育てに関する悩みや不安を和らげ、必要な知識を得ることです。
療育の度に、担当者と親御様がフランクにお話できる機会があります。
お話をし、共感してもらえることで心が和らいだり、対応のヒントが得られたりします。
それにより親御様とお子様の関わりがよりスムーズになり、より深く理解する手助けになることでしょう。
また親御様からのお話は、担当者にとってもお子様と関わっていくなかで大切な情報となります。
②二次障害の防止
自閉症スペクトラム障害を含む発達障害には、一次的な問題(一次障害)と二次的な問題(二次障害)があります。
【一次的な問題(一次障害)】
一次的な問題とは、こだわりの強さや、相手の表情・空気を読み周囲に合わせることが難しいという、特性から生じる生活上の問題。特性ゆえの困難さ。
【二次的な問題(二次障害)】
二次的な問題とは、障害そのものによってではなく、生きづらさから思春期以降に精神的な不調をきたすこと。ストレスから心身に起こる不調。
自閉症スペクトラム障害の子どもに多くみられる傾向。
「自閉症スペクトラム障害」において近年深刻な問題となっているのは、特性そのものである一次障害よりも二次障害だと前述しました。
なぜ二次的な問題が深刻化しているのでしょうか。
自閉症スペクトラム障害は外見からはわかりません。
それゆえ、ときに自分勝手やわがままと捉えられ友達から避けられてしまったり、保護者や教師から必要以上に叱責されたりすることがあります。
それにより人間関係のストレスやトラウマ、自信の無さに繋がるため、自尊心が育たなかったり、抑うつや激しい反抗、不登校等の二次障害が引き起こされるのです。
ですが、一次的な問題(特性ゆえの困難さ)は、幼少期から環境を調整したり、学びの機会を用意したりすることで軽減されるといわれています。
二次的な問題(ストレスから心身に起こる不調)もまた、同じように予防・解消が十分可能です。
早期の段階から周囲が歩み寄りサポートしていくこと、また、本人が自分自身の特性を理解して対応力を身につけていくことが大切です。
発達支援(療育)が必要とされる理由はそこにあります。
4. 症状が軽ければ療育の必要はない?
診断の結果お子様に支援が必要ということであれば、症状の軽重に関係なくできる限りお早めに支援を開始されることを推奨します。
例えば怪我や病気の場合、症状が重ければ重いほど社会生活における困りごとも大きくなります。
それは障害においても同じです。
しかし自閉症スペクトラム障害においては、症状の軽重と困りごとの大きさは必ずしも比例しません。
二次障害が近年特に問題になっていると前述しました。
思春期以降に深刻な抑うつ状態や不登校のような二次障害が生じているケースは、幼少期や児童期に軽症であったため支発達援(療育)がなされてこなかったことが大きな要因として挙げられます。
また、近年よく耳にするようになった「大人の発達障害」においても同じです。
自閉症スペクトラム障害の特性によって引き起こされる数々の問題に、職場や夫婦関係において悩まれているケースは少なくありません。
一方で、幼少期から発達支援(療育)を受けてこられたケースでは、障害があると周囲に気づかれることなく社会生活を送れているという報告もあります。
したがって症状の軽重に関係なく、できる限りお早めの診断・支援の開始が望ましいとされているのです。
5. 療育の開始にベストな時期は?
「自閉症スペクトラム障害」の特性は一般的に低年齢から発現し、3歳までにわかるともいわれています。
早期療育を推奨しましたが、具体的には3歳、4歳頃からの開始が望ましいと考えられます。
3歳頃というのは「自我」の始まる時期で、社会の一員としての準備期間です。
また4歳頃というのは、自分の感情をコントロールする「自律」機能が発達する時期です。
この時期から自我を認識しつつ、自律を身につけていくことは有意義です。
自律がしっかりと育った子どもは、その後の社会生活において適切な行動をとることができるようになるのです。
なお5歳、6歳という就学前のタイミングは、療育機関が非常に混み合い、希望しても受け付けてもらえないということが毎年起こります。
「就学時健康診断」において医師から発達面を指摘され、駆け込まれるケースが多いためです。
幼少期の子どもの吸収力、成長スピードは著しく、発達支援(療育)を開始するタイミングによって大きな差が出ます。
3歳、4歳頃から発達支援(療育)を受け始めると、小学校入学時には子どもなりにあらゆる困りごとへの対応力を身につけているため、スムーズに小学校生活に移行することができます。
ふりかえり
療育は始めてすぐに効果が目に見えるものではなく、ゆっくりと進んでいくものです。
ひとりひとり習得する内容やスピードは異なりますが、長期的な目線で見るとどの子どもも着実に成長しています。
幼いうちに苦手なことやコンプレックスを解消していけたら、その後随分と生きやすくなるでしょう。
また苦手な部分がそのままであったとしても、得意な部分でカバーしていけるようになることもあります。
〜・〜・〜
ここで1冊の本をご紹介したいと思います。
「15歳のコーヒー屋さん 発達障害のぼくができることから ぼくしかできないことへ」
(著者:岩野 響 出版社:KADOKAWA 発行年:2017年)
実際に、不得意を得意でカバーして生きている青年によって書かれた本です。
筆者である岩野響さんは、小学校3年生のときに発達障害のひとつ、「アスペルガー障害(自閉症スペクトラム障害)」と診断されました。
彼は中学校に通えなくなったのを機に、あえて進学しない道を選びました。
アスペルガー障害(自閉症スペクトラム障害)と向き合いつつ、自分の道を探し続けます。
岩野さんにはアスペルガー障害ならではの苦手なことがありますが、また彼ならではの強みもあります。
幼少期から、調味料の違いがわかる程の鋭い味覚・嗅覚という強みをもっていました。
また彼は料理やコーヒー焙煎、写真等、さまざまな「できること」を追求し続けました。
自身の強みやできること生かし、15歳で選んだ道が「コーヒー焙煎士」だったのです。
〜・〜・〜
ここまで前編・後編と、妊婦様からのご相談「もしお腹の中の赤ちゃんが自閉症スペクトラム障害だったら」という件に関してお話をしてきました。
早期診断(発達検査)・早期療育(発達支援)の大切さを強調してきましたが、それは「自分の特性に対応しながら生きていく力」を最短距離で身につけられる方法だからです。
しかし、療育は絶対に受けなければならないものというものでもありません。
早期診断(発達検査)がなされても、親御様の賛同がなければ早期療育(発達支援)は成立しません。
岩野さんのように、療育は受けずとも彼に歩み寄ろうとするご家族の熱意や真摯な姿勢、そういったサポートを受けながら生き方を学んでいくというのも、子どものひとつの道かもしれません。
悩み苦しみながらも、家族一丸となり前向きに歩まれる姿に、考えさせられるものがありました。
万が一、お腹の赤ちゃんが生後発達障害だとわかったら——あなたならどう向き合いますか。
前述しました本には、アスペルガー障害(自閉症スペクトラム障害)をもつ岩野さんご本人、そしてお父様、お母様、それぞれの気持ちも書かれてあります。
何かのヒントになるかもしれません。
機会がありましたらぜひ手に取られてみてください。
発達支援(療育)を受ける受けないどちらにせよ、大切なのは周囲の特性に対する理解、そして本人の課題に適した手厚いサポートです。
親として、お腹の赤ちゃんが何の障害もなく、ただただ健康に生まれてきてほしいと願うのは自然なことでしょう。
少しでも安心を得たくてNIPT(新型出生前検査)の受検を考えられた(ている)ことと思います。
前編でもお話した通り、NIPTで調べられることは先天性疾患の一部です。
また自閉症スペクトラム障害を含む発達障害というものは、生まれてから社会生活の中でわかることです。もし生まれたのち発達障害がわかったとしても、その後の対応は色々とあるのです。
妊娠生活や子育ては、本当に悩みが尽きないものです。
ご妊娠中のいま、お子様の発達障害に関しては大丈夫、何とかなる、と少し肩の荷をおろされてもよいのかもしれません。
それでもご不安でたまらないという場合は、いつでもご相談をお受けいたします。
上のお子様がすでに発達障害をおもちであったり、旦那様がそうという方もおられるでしょう。
お腹の赤ちゃんには遺伝するのかな、育てていけるのかな、そのような不安を抱えてこちらをご覧の妊婦様もいらっしゃるかもしれません。
誰にも話せないご不安・ご心配も、もしよろしければ認定遺伝カウンセラーに打ち明けてみてください。
少しでも安心した妊娠生活のお手伝いができればと思っております。
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