赤ちゃんが五体満足で健康に元気に産まれてきてほしいというのは、すべての妊婦とその配偶者の願いですが、健全にお腹の中で育っているのかは、とても気になるところです。そこでいろいろ調べたいと考える夫婦もいれば、性別すら知らなくていいという夫婦もいます。調べたいという人にとっては、「どこまで」そして「結果が出たらどうするのか」といった問題があります。
出生前診断にはいくつかの方法があります
出生前診断は、胎児が出生する前に母体から採取した血液や体内組織などから、胎児の染色体異常や先天性の疾患を事前に知ることができる検査です。その方法には、新型出生前診断(NIPT)・羊水検査・絨毛検査などがあり、この中で一番簡単に行えて母体や胎児への負担が少ないのが新型出生前診断(NIPT)になります。母体から採血して、一旦自宅に戻り結果が出るのを待ってまた検査施設に行くという流れになります。他の検査は、いきなり最初からやることも可能ですが、やり方が難しい上に胎児へのリスクも高いことから、NIPTで異常がみつかった次の段階の二次検査にもっていった方が良いと考えられます。ただ、NIPTは妊婦なら誰でも受けられるというものではなく、例えば両親のいずれかに染色体異常がある場合・母親が染色体異常を有する子供を出産した経験がある場合・母体血清マーカー検査で胎児が染色体異常を有する可能性がある場合・35歳を超える高齢出産の場合といった条件に当てはまる場合のみ受けることができます。
新型出生前診断(NIPT)とは
NIPTという出生前診断は、妊娠10週目から22週目の妊娠初期の妊婦から採血し、その血液に含まれる遺伝子を調査することで、胎児に染色体異常がないか、先天性疾患はないかを調べる方法です。NIPTで判明するのは、ダウン症と13番トリソミーと18番トリソミーの3種類だけです。これまでの研究から妊婦の血液中に胎児由来のDNA検査要素(DNA断片)が存在していることが判明しました。妊娠中はこの検査要素が胎盤から漏出し母体の血液中を循環しているのです。調査の方法は、まず母体の血液中の検査要素をすべて集め、それらの遺伝子配列を解読し、各々のDNA断片が何番染色体に由来しているのかを判定していきます。そして、各染色体に由来するDNA断片が正常なものに比べてどの程度変化しているのかをみた結果から、13番トリソミー・18番トリソミー・21番トリソミー(ダウン症)の診断を行うことになります。新型出生前診断(NIPT)の登場によって、非常に高い精度で染色体異常や先天性疾患の可能性の結果を出すことが可能となりました。
NIPTの結果、何らかの異常が見つかった場合の対処法
NIPTを行った結果、陽性と判断された場合は二次検査に入ることになります。それは、羊水を採取する検査と絨毛を採取する検査があります。ただし、これらは血液検査とは違い胎児が育成されている環境に手を入れるということから、胎児への影響が懸念され少ない確率ながら「流産」に至ったケースも報告されています。そのような非常にリスクを伴う検査であることも頭に入れておく必要があります。羊水検査は、母体のおへその下あたりに針を刺して羊水を抜き取ります。胎児を直接包んでいる羊水ですから、胎児がどんな状況で育っているかがよくわかります。その羊水を2週間ほど培養して検査するので、結果が出るまでに3週間から4週間かかります。絨毛検査は、母体のお腹から採ることもあれば、膣内から採ることもあります。これも胎児が育っている環境からの採取となるので、なんらかの影響が出るリスクはゼロとはいえません。NIPTで陽性が出たからといって、異常が確定したわけではなく、二次検査で異常なしとなって元気な赤ちゃんを出産した事例はあります。
お腹の中の赤ちゃんへの危険はないのか
NIPTに関しては、胎児の育っている環境に手を入れる手法ではないので胎児へのリスクは低いですが、羊水や絨毛を採取する検査は胎児が育っている環境に手を入れることになるので、リスクは高まります。実際に100人に1人の割合で流産の症例報告が挙がっています。羊水を抜き取るという手法に伴うリスクは、羊水の不安定化や破水や腹痛といったものが考えられます。絨毛を採取する検査では、出血や腹痛が続くなどのリスクがあり、いずれも妊娠初期という時期も重なって非常に胎児にとって危険な状況になってしまう可能性があります。せっかく順調に育っていたにもかかわらず、両親の執拗な探究心から大切な母体に傷をつけ胎児を流産の危険にさらすということである自覚も持っておく必要があります。知りたいから気軽にやってみたいという態度で受ける検査ではないということは肝に銘じておくべきです。夫婦だけでなく、カウンセラーや検査機関のスタッフ、さらに夫婦の親族まで第三者の意見も聞いて十分相談した上で判断することが大事です。
出生前診断の結果を両親がどう受け止めるのか
NIPTの結果が陽性で、二次検査でも異常ありと判定された場合の両親のショックは計り知れないものがあります。まさかと思って気軽に受けたつもりが、予想外の最悪の結果を突きつけられてしまうのです。そこで両親は重大な決断を迫られることになります。先天性の疾患をもって生まれてきても、その子にずっと寄り添い、健常者とは比べものにならない苦労をしながら生きていく決意を生まれる以前から強いられることになります。その残酷な現実に両親が耐えられるかどうかがこの診断の最大の問題点となってくるのです。夫婦の中にはその重圧に耐えかねて「人工妊娠中絶」を選択してしまうケースもあり、そこには倫理観の問題が発生してきます。法律的には人工妊娠中絶は一定の条件下で認められていますが、堕胎は刑法で罪にあたると定めらています。しかしながら、母体健康法では条件つきで中絶手術が認められており、実際に年間18万件以上(2014年)の中絶手術が行われています。胎児の生命の尊厳をとるべきか、夫婦の選択の権利をとるべきか意見が分れるところであります。
出生前診断の結果の受け止めと倫理観の問題について
産婦人科の現場では、子供を授かった夫婦が究極の選択と決断を迫られる場面がしばしばあることは事実です。人工妊娠中絶もそのひとつですが、母体健康法では①妊娠の継続が母体の健康を著しく損なう場合や②暴行など拒絶できない状況下で妊娠したものという一定の条件下で中絶が認められています。しかし、法律で認められているからといって簡単に中絶を選択するわけにはいかないことは容易に想像できます。出生前診断で異常がみつかったから、何の罪もない新たな生命を両親の判断で奪うことが許されていいのかということです。夫婦(主として母親)の選択の権利と胎児の生命の尊厳のどちらが優先されるべきなのかという論争は世界各地でも起こっていますが、その答えは当然出ていません。母親の自分で決定する権利には胎児を産むか産まないかの決定権まで含まれるのか、もし含まれるとすると胎児の新しい生命を軽んじていないかという倫理観の問題が生じます。逆に、胎児の生命を尊重するあまり夫婦(主に母親)の選ぶ権利が軽んじられているのではないかという堂々巡りな倫理観の問題になってしまうのです。これは今後もずっと問題になっていくでしょうし、当事者となった夫婦や医療関係スタッフが抱え続けなければならない十字架です。
出生前の胎児に関する疾患の情報が事前にわかるようになったNIPTなどの技術発展は、喜ばしいものなのか、もしくは犯してはならない「神の領域」に入ってしまったのか悩ましいところではあります。お腹の中の胎児について詳しく知りたいという夫婦には「安心」というのは大きなメリットなのでしょうが、そうでなかった場合に彼らがどんな選択をするのかがこの診断の評価を左右するものになると思われます。